山形地方裁判所 昭和48年(ワ)231号 判決 1974年7月18日
原告 菊池やゑ
被告 寒河江、西村山地区交通災害共済組合
主文
被告は原告に対し金五〇万円を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
主文同旨の判決
二 被告
請求棄却の判決
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は訴外亡菊池常蔵の妻であるが、右常蔵は昭和四八年四月一日被告組合に加入した。
2 寒河江西村山地区交通災害共済条例(以下条例という)は次のように規定する。
(一) 第三条 (被告)組合は交通災害共済として、会員がその資格を有している期間中に交通事故により災害を受けた場合は、死亡又は災害の程度に応じて会員若しくはその遺族に見舞金を支払うものとする。
(二) 第七条第一項 共済見舞金の額は交通事故による死亡、又は傷害の程度に応じ別表に定めるところによる。
(三) 第七条第二項 共済見舞金は交通事故により災害を受けた者、又はその遺族の請求により支払うものとする。
(四) 第七条第一項の「別表」、死亡した場合(一等級)金五〇万円
3 右菊池常蔵(当六三才)は昭和四八年五月一六日午後八時二〇分ごろ山形県寒河江市大字八鍬四九二番地鹿島地内国道一一二号線変形十字路(無信号)において、佐藤富士弥(当四三才)の運転するライトバン車に轢かれ意識不明のまま翌々日の一八日山形県立中央病院において死亡した。
4 よつて原告は被告に対し、前記条例の各条項に基き金五〇万円の交通災害共済見舞金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
全部認める(ただし請求原因4は争う)。
三 抗弁(酒飲み運転)
1 条例第八条第一項第二号は交通事故が酒飲み運転に該当するときは見舞金を支給しないと規定する。
2 亡常蔵は前記事故当時飲酒して(酒気を帯びて)自転車を運転していたのであるから右規定に該当し見舞金を支給出来ないものである。
右規定にいう「酒飲み運転」とは道路交通法におけると同趣旨で自転車を含む全車輛の「酒気帯び運転」をいう(道路交通法第二条第八号第一一号、同法第六五条参照)。なおここに「酒飲み」とは、酒の量の多少や酒に酔つているかいないかの区別なく運転当時体内にアルコールが若干でも保有されている状態にあればよい。
四 抗弁に対する認否。
1は認め2は否認。条例第八条第一項第二号にいう「酒飲み」とは無免許・無資格と併記されている規定の趣旨から考えれば免許証を要する場合の「酒飲み運転」、すなわち原動機付自転車以上の場合を前提にしているものと解すべきである。また自転車の場合は社会通念上「自転車乗り」とはいうが「自転車運転」とはいわない。したがつてこの規定の「酒飲み」とは自転車の場合を含まないものである。
第三証拠<省略>
理由
一 請求原因事実は当事者間に争いがない。
二 抗弁について
1 条例第八条第一項第二号が共済の対象となつた交通事故が酒飲み運転に該当するときは見舞金を支給しない旨規定(支給免責条項という)することは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一号証(条例)によつてもこのことは明らかである(なお以下条例の条文内容は右乙第一号証による)。
2 ところで右規定の「酒飲み運転」の意義をめぐつて当事者間に争いがある。
(1) 「運転」について
条例第二条は「道路」「交通事故」の意義については道路交通法(道交法ともいう)に従う旨規定しているが、その他の用語についても、原則として同様に道路交通法とパラレルに解することが相当である。そして、道路交通法第二条第一七号、八号、一一号を総合すれば同法上「運転」概念には軽車両である自転車の運転も含まれることは明らかであり、本条例の「酒飲み運転」にあつては自転車は除外されるとの特別の事情も見出されないので右「運転」には自転車のそれも含まれると解する。
(2) 「酒飲み」について
「酒飲み」の意義如何が本件における最大の争点と目されるところ、これを確定するには、右「運転」の意義とは異なり、「酒飲み」自体については道路交通法上定義規定もないので前記のとおり、道路交通法の関連法規と対比するとともに、他に前記支給免責条項の立法趣旨や被告組合の設立目的、さらには文言自体が一般人就中組合員に与える意味内容等諸般の事情を考慮する必要がある。
(イ) まず道路交通法第六五条第一項は「何人も酒気を帯びて車輛等を運転してはならない。」と規定し、いわゆる「酒気帯び運転」を禁止し、その罰則規定として第一一七条の二第一号ならびに第一一九条第一項第七号の二がある。すなわち、右第六五条第一項の規定に違反して車輛等を運転した者で、その運転した場合において酒に酔つた状態(アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態)にあつたもの(いわゆる酒酔い運転)は二年以下の懲役又は五万円以下の罰金に処せられる(右第一一七条の二第一号)。
また、右第六五条第一項の規定に違反して車輛等を運転した者で、その運転した場合において身体に政令で定める程度すなわち血液一ミリリツトルにつき〇・五ミリグラム又は呼気一リツトルにつき〇、二五ミリグラム以上のアルコールを保有する状態にあつた者(いわゆる酒気帯び運転)は三月以下の懲役又は三万円以下の罰金に処せられる(右第一一九条第一項第七号の二、道路交通法施行令第四四条の三)。しかし、右酒気帯び運転にあつては軽車輛の場合は処罰の対象ではない。したがつて自転車を含む軽車輛の酒気帯び運転に関する限り右道路交通法第六五条は訓示規定的意味を有するに過ぎない。
(ロ) ところで前記支給免責条項の立法趣旨をその改正過程にてらして見るに、成立に争いのない乙第三、四号証および弁論の全趣旨によれば、本条例は昭和四三年九月二八日の第一回被告組合定例議会において議決され、同年一〇月一日より施行されたものであり、施行当時の第八条は共済の対象となつた交通事故がその者の故意又は重大な過失に基づくものであるときは、管理者は審査委員会の意見をきいて見舞金の全部又は一部を支給しないことができると規定されていたが、昭和四四年一月三〇日の臨時議会において、第八条に、酒酔い運転等悪質な交通違反を加え、同年四月一日から施行され、さらに昭和四七年一月二四日、臨時議会において、右第八条を現行法のように改正して、酒飲み運転のときは見舞金を支給しないとしたものであるところ、その改正審議の中で原案作成にあたつた被告組合事務局は、「酒飲み運転」とは道交法第六五条と同意味であつて、量の多少に関係なく、極少量の飲酒でも若干アルコール量が体内にあると認められれば「酒飲み」にあたる、これは飲酒運転に起因する交通事故が増加していることに鑑みて改正するものである、と右立法趣旨を説明、議会もこれを了承し、右改正案は原案どおり可決されたことが認められる。以上よりすれば一見、一滴でも体内にアルコールがあれば「酒飲み」に該当しそうであるが、他方、右立法経過にてらしても、道交法第六五条との関係ではいわゆる酒気帯びの程度にあることは要求されていることも明らかである。又、前記のとおり道交法上酒気帯び運転にあつては軽車輛とそれ以外の車輛を区別しているので、右に道交法第六五条と同意味といつた場合、軽車輛にあつては「酒飲み」をいかに取り扱うか疑問の余地なしとせず、かくて右立法趣旨、経過だけでは「酒飲み」の意義を確定することは困難である。さらに又、仮に右審議経過からは酒の量の多少にかかわらないといえるとしてもむしろ、成立に争いのない甲第一号証および弁論の全趣旨によれば組合員は右経過を知悉して、被告組合に加入するわけではなく、酒のみ運転の場合は見舞金を支給しないと記されているにすぎない被告組合加入のパンフレツトを見て加入するものであつて、亡常蔵も例外ではなかつたし、そもそも、組合員がきそくされるのは、条理上の文言に過ぎず、組合員個人の主観的認識の内容や程度には原則として左右されるものではないともいうべく、したがつて条例上は「酒飲み」とあるだけであるから、やはり前記立法者意思即客観的意義とはいえない。
(ハ) そこで、被告組合の設立趣旨等を審究するに、同組合は交通事故による災害を受けた寒河江市等関係市町の住民を救済するため、且つ関係市町民の生活の安定と福祉の増進に寄与することをねらいとして設けられた共済制度であり(条例第一条)、組合員が交通事故により災害を受けた場合は、死亡又は災害の程度に応じて組合員若しくはその遺族に見舞金を支払おうとするものである(条例第三条)から、条例中の各規定の解釈も出来る限りその趣旨を実現するように努めるべく、そうすると、本支給免責条項は量の多少にかゝわらず飲酒によるアルコールが若干でも体内にあれば即ち「酒飲み」と認めて組合員に対する見舞金支給を全くしない(免責する)趣旨のものとは解せない。それでは、右免責の基準をどこに置くかというに社会通念上見舞金支給を完全に制限されても已むを得ないと認められる程度の飲酒量に求めるべく、事故の多発による財源の不足を理由に右基準を支給の範囲を狭める方向で設定すべきではなく、この点は関係市町の負担金の増額等他の方法によつて、その対策を講ずべきである(本件記録添付の被告組合規約第一一条によれば組合に要する経費は組合員の会費の他関係市町の負担金及び組合の財産により生ずる収入、その他の収入によりまかなうものとされる)。
(ニ) さらに付言するに、「酒飲み」の語は「酒気帯び」よりもアルコールの度合が多い場合に用いられることもあると思われるほか、免責条頂上は、無免許運転、無資格運転と並んで挙示されており、「酒飲み運転」も、右二者に準ずるような場合すなわち道交法上、無免許、無資格運転同様処罰の対象となる場合と解すべく、したがつて、酒気帯び自転車運転は、前記のとおり処罰の対象からはずされているので右免責条項の「酒飲み運転」からは除外されているとも解される余地がある。
以上の諸点を総合すれば、支給免責の対象とされるべき自転車の「酒飲み運転」とは「酒酔状態(道交法第一一七条の二の第一号参照)」において自転車を運転する場合をいうと解され「酒気帯びの状態(道交法第一一九条第一項第七号の二、道交法施行令第四四条の三参照)」においては通常自転車の正常な運転を期待できるのであるから支給制限することは妥当でない。ましてや道路交通法において酒気帯び運転にも該らない場合すなわち、血中アルコール量が、血液一ミリリツトルにつき〇・五ミリグラム又は呼気一リツトルにつき〇・二五ミリグラム(これは血中濃度〇・〇五%に同じ)未満の場合はその酩酊度は殆ど無症状であることは当裁判所に顕著な事実(「交通事件執務提要」法曹会発行四八四頁以下とくに四八五頁、四九四頁等参照)であるからこの場合の支給免責は明らかに相当でない。
3 そこで次に右に認定の事実をふまえて原告の夫菊池常蔵の本件事故当時の状況につき考察する。
成立に争いのない乙第五ないし第七号証によれば、右菊池常蔵は事故当日は、午前七時三〇分ころから訴外鴨田信二方で農作業の手伝いをし、午後六時四〇分ころ夕上りをしたが、同人方では右常蔵と工藤忠善(同人も常蔵と同様鴨田方に手伝に来ていた)の二人に、おかんした清酒を一合宛出したこと、右両名はこれをのみ、夕食をとつたあと、工藤は午後七時過ぎ、常蔵は八時二〇分ころ帰路についたが、常蔵は間もなく本件事故に遭つたものであるところ、右一合の飲酒から交通事故発生までの時間は約一時間ないし一時間半であることが認められる。
ところで実験則上飲酒後一定時間経過した時点におけるアルコールの血中濃度が所定の数式によつて算出でき、またその濃度によつて酩酊度を推認することが可能であることは当裁判所に顕著な事実である(「交通事件執務提要」法曹会発行四八六頁以下参照)。そこで右菊池常蔵の酒の強さが通常であるとして右認定の事実を前提に事故時における右濃度を算出すると、それは概ね血中濃度〇・〇四ないし〇・〇五%となる(東京地判昭四七・六・三〇判例時報六七八号二六頁はビール大びん一本半を事故一時間前短時間に飲酒すると、事故時の血中濃度は〇・〇五%となる旨論じたが、実際は二時間半ほどの間に少量づつ飲んだとして酩酊度は右数値をかなり下回ると認定した)。そしてこの程度の血中濃度のときはアルコールによる身体動作への影響は殆んどないことは前記のとおりである。もつとも、乙第五号証および証人高橋正男の証言によれば本件事故発生と同時に出動要請を受けて八時二七分ころ現場に到着した救急車の乗務員が常蔵を介ほうした際同人はプーンと酒気の匂いをさせていたことおよび右乗務員らを代表して右高橋正男が帰署後直ちに救急出動報告書を作成提出したがその中で特記事項として常蔵が酒気を帯びていた旨報告していることが認められる。しかし事故時、常蔵の酒気帯びの程度如何については検知管等による正確な測定がなされておらず、右報告書およびこれが作成者の高橋正男の証言が唯一の資料であるので、右報告書中の酒気帯びの文言や右高橋証言をもつて、ただちに常蔵が道交法上の酒気帯びないしはそれ以上の飲酒程度であつたということは出来ない。かえつて成立に争いのない乙第六および第七号証によれば常蔵は酒が好きで、酒が入るとほがらかにはなるが酒には強い方で一合位では全然体がくずれず五合位で顔が赤くなる位で、同人同様酒の好きな工藤も事故当日は幾らか体が温まる程度で酔う状態ではなかつたこと、右常蔵は二〇年前尿道病で医者にかかつただけで、その後病気をしたこともなく、年令は比較的高令とはいえ、そのために酒に弱くなつていたとの事情も見られないことが認められる。したがつて右事実を身体に保有するアルコール濃度とそのアルコールの影響による酩酊度との関係は、一般にその者が酒に強ければその濃度にかかわらず酩酊度が低いとの経験則と合せ考えれば本件事故時における常蔵の血中濃度は前記〇・〇五%をかなり下回つていた、即ち常蔵は酒気帯びの程度にさえも達していなかつたというべきである。なお又全証拠によるも常蔵の飲酒が本件事故発生に原因を与えたとの事実を認めることもできない。
4 そうすると、常蔵の事故当時の自転車運転は条例第八条第一項第二号の「酒飲み運転」に該当しないというべく、被告の抗弁は採用できない。
三 以上よりすれば結局原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 東條宏)